1度の人生の中で、知れる世界は限られている。だからいろんな別の人生を生きる人のエッセイを読むのが楽しい。
エッセイの読み方として、私はなるべく幅広く読みたい。
しかも、まだその方の内面についてよく知らないほどに
1冊のエッセイを読み終わったときに
イメージがガラッと変わってしまう、そんな体験が面白いと思う。
なので、この方もエッセイを出しているんだー、くらいの感覚で気軽に飛びつきます。
その逆で、気になっている方のエッセイを読んで
読む前よりもっと好きになることもある。
どちらの読み方も、結局は楽しい。
1度の人生の中で、どんなに転職を繰り返しても
知れる世界は限られているし
むしろ転職を繰り返すのではなく、一つの物事を深く深く探究していく人生となると、
いくつもの世界を渡り歩いていくというのは難しい。
だから、私はエッセイやドキュメンタリー、インタビュー記事を読むのが大好きです。
SNSで色んな人の人生を断片的に覗いていくのも面白いのですが、
長文でしっかり読ませてくれるというこの体験は
深く脳に刻まれて、人生の中でふとした瞬間に
そこに書かれていた言葉を思い出したりして、助けられることが多々あります。
そんな意味だけでなく、ただただ知らない世界のことを知るのが面白い。
そんなエッセイたちを、少しずつ紹介していきます。
羽生善治 迷いながら、強くなる :三笠書房
将棋についてわからなくても、全然問題ない。
これは、12歳からずっと「将棋」を通して
世界を、人生を、ひたすら己の頭で考え
体当たりの経験で培ってきた羽生善治九段の精神力の中身を書き綴ったものです。
「迷う」ことで強くなるとは。
人はだれも、子供だからとか大人だからとか関係なく迷うもの。悩むもの。
答えが出るものもあれば、いつまでたっても答えが見つからないものもある。
もし答えが見つからなくても、考えた時間に価値がある。
迷う時間に価値がある。
自分の頭で考える。そのことは、たしかに自分の力となり
その後の自分の人生を意外な形でときに支えていく。
間違いさえも無駄じゃない。
そのミス一つとっても、役に立つ瞬間があって
そこを通ったから見えてくる景色があって、
「正解」とか「ノーミス」とかゆうものに
ともすれば、飛びついてしまう私達に勇気をくれる。
今迷っている人、人生の選択に悩んでいる人に読んでもらいたい本です。
「全勝は想定していなかった」 羽生九段が藤井王将への挑戦権獲得
↑こちらの記者会見の中でこの2年間、
タイトル戦への挑戦が叶わなかったことや、
そこから復調していく中での心の持ち方が語られています。
藤井聡太王将との世代差がある対戦は、(第一線で戦う期間が重なるかどうかという難しさがあり)実現が難しいこと。
50代での戦いへの挑み方など羽生九段の言葉が冷静でしかし熱さ、というか将棋への真摯な向き合い方が溢れておりました。
年代に差があると、檜舞台での対戦実現はすれ違うことがあるが、
そのすれ違いを回避出来てよかった。と、おっしゃっておりますが
それはまさに、羽生九段が記者からの質問が繰り返されるように
50代での戦いという、年齢との向き合い方もありながら
それで諦めるのではなく、「目の前の一局に集中する。」
それを繰り返してここまで歩んでこられたから実現できたことであり、
戦い続け、自身の将棋を模索し続けた弛まぬ日々があってこその
夢の対戦なのだと思いました。
年齢は気になるが諦める理由ではない。
記者から繰り返し質問される年齢のこと。
将棋に限らず多くの世界で
20代とか30代の若者に対しては信じられる、成長だったり挑戦力、勝ち上がる力。
それが、年齢とともに下降していくもの、
挑戦するのは若者の仕事、というような固定概念があるのだと思った。
「自身ののびしろを感じていますか?」という質問に
大抵の大人は挑戦することをやめるのに
あなたはなぜまだ挑戦するのですか?
という、声が潜んでいる気がする。
だけどそれは、本当は信じたいことでもある。
どの年代の人にもいくらでも可能性というものが存在するということを。
挑戦を、成長を、若者ばかりに押し付けるのではなく
一生誰もが、自身の価値を感じることに打ち込める、それが当たり前になればいいのに。
20代だから、50代だからじゃない。
「目の前の一局に集中する。」その言葉に
すべてが詰まっている。
何歳だからどうするか、じゃない。
自分が何をして生きていたいのか、それだけだ。
私には、そう聞こえました。
#羽生善治 迷いながら、強くなる
将棋についてわからなくても全然問題ない。
これは12歳からずっと「将棋」を通して
世界を、人生を、ひたすら己の頭で考え
体当たりの経験で培ってきた #羽生善治九段
の精神力の中身を書き綴ったものです。「迷う」ことで強くなるとは。#羽生九段#羽生先生 pic.twitter.com/VJ6baQYhGN
— すばら/読書者 (@subarashi_blog) November 22, 2022
バレエダンサーエッセイ
草刈 民代 バレエ漬け :幻冬舎
最近では女優さんとしてのイメージが強かった草刈さんの
バレエダンサーとしての日々を、
幼少の頃から辿っていく自伝的エッセイ。
いつも気品に満ちていて、心穏やかな人なのだろうとか、
洗練された女性というイメージだったのですが、
バレエを始めた頃の、闘争心に燃える心や
三姉妹の中での立ち位置など、
意外なことばかりで、本当に外側から見ているだけでは
人のことは一部しかわからないものだと思いました。
踊ることに対してのストイックさを
同じようにこのエッセイの執筆にも向けられた草刈さん。
なぜ踊るのか。なぜ日本でやるのか。
その問いを抱えながら
何故、というそれに答える以上に
ひたむきに突進していくような勢いで
踊りと向き合っていく。
誰かを納得させる答え以上に
自身が「踊り」に強烈に惹かれていること。
そんな自分に素直になっていくこと。
読む前の想像以上に熱く、人生ごとぶつかって書き上げたというようなエッセイでした。
アナウンサーエッセイ
桝 太一 理系アナ桝太一の 生物部な毎日 (岩波ジュニア新書)
「理系魂で困難に立ち向かってきた日々を語る、人気No.1生物オタクアナの「ムシ熱い」青春記。」という、面白いコピーが付いている
元日本テレビアナウンサーで現フリーアナウンサーである桝太一さんの
生き物に捧げた日々を振り返る青春記です。
岩波ジュニア新書から出版されており、学校での課題にもなる本ですが
大人も十分楽しめる濃い内容です。
生き物に魅せられていく子供時代の想い出から
生物の研究に明け暮れた学生時代、
そしてアナウンサーになってからも身を助けてくれたのは
生き物と歩んだ日々。
特に、「エンタの神様」の番組収録の前説で笑いをとるという、困難にぶつかった新人アナウンサー時代のエピソードが印象的で
「笑いを取る」という、本来アナウンサーの仕事なのかというような場面でも、できなかったことを振り返り、
投げ出すことなく、「研究熱心」というその能力を発揮し
ロジックを積み上げていき、今では誰もが安心して桝さんのトーク術で本気で笑っているよね、というところまで探究している。
そのすべてが、生き物の研究に没頭した日々に得た感覚と経験に裏付けられている。
それはきっと、「生き物の研究」に限らず
なにか一つのことに没頭して、沢山失敗を繰り返しながらひたすらに突き詰めた経験というものは、その対象が何であれ、
その後の自分を救う時が来る。
その考えは、前述の羽生九段にも通づるところがあり、とても熱いエッセイです。
宇垣美里 1stフォトエッセイ 風をたべる 宇垣 美里
宇垣美里さんという稀有な人物はどのようにして出来上がっていったのか。
幼少期のエピソードからはじまり、
その奥深さ、内部に持っている知識と情熱とユーモアのその宇宙を
少しずつ私達に見せてくれる。
好きなものに対する素直さ。
どこまでも掘り下げて愛していくその探究心。
自分の考えをはっきりと言葉にしていくその度胸と反骨精神。
読む前から好きですが、読んだらもっと宇垣さんのことが好きになりました。
臆せず自分のまま生きる。好きを追求し、惜しみない愛を注ぐ。自身の感覚を信じて突き進む。そのことによる自己肯定感が、幸福感が溢れている。求められる女性らしさに迎合しないけれど、メイクも好きだしかわいいものも好き。常にロックな魂を持ち歩いている人。生命力のある言葉が躍動している。
— すばら/読書者 (@subarashi_blog) December 3, 2022
宇垣 美里 愛しのショコラ
こちらは、単に宇垣さんが大好きなチョコレートというたべものについて
紹介します、というだけではないフォトエッセイです。
うっとりした表情で、愛するショコラたちとともに映る
グラビアページも、とても可愛くて美しい。
そして、宇垣さんとチョコレートの
親密でいて、甘くてときに切ない思い出がぎゅっとつまったお話が次々に語られていきます。
チョコレートという食べ物の物語性を感じる、心に溶け出していくような
その文章たちは、宇垣さんが人生の端々で
チョコレートを味わうことで乗り越えてきた時間。
感情と記憶と紐づきながら、どんどん濃密になるチョコレートへの愛情。
宇垣さんチョイスの
チョコレートにまつわる漫画や小説、映画なども紹介されており
とても内容の濃いエッセイです。
ホストのエッセイ
[ ROLAND ] 俺か、俺以外か。 ローランドという生き方
100人が100人ダメと言っても、その100人全員が間違えてるかもしれないじゃないか。
出典:[ ROLAND ] 俺か、俺以外か。 ローランドという生き方 KADOKAWA
というような、迷い悩む人を鼓舞するような名言から、
ヴェルサイユ宮殿行ったら、観光じゃなくて内見だと思われないか心配だなぁ
出典:[ ROLAND ] 俺か、俺以外か。 ローランドという生き方 KADOKAWA
という、くすっと笑える名言まで多種多様なものがあります。
ともすれば、自分を卑下しがち、過小評価しがちな日本人のマインドを
(それは謙遜の文化が影響しているとも思うのですが)
もっと自分軸でいいじゃない、というような
前向きさで、すべてのことをポジティブに返しながら
でも、嘘みたいに明るいというものでもなく
弱さや悔しさも赤裸々に見せる。
そんなローランドさんの言葉の力をぜひ本書で思い切り浴びてみてください。
「漫画家ごはん日誌」の中で小池田マヤさんの食の世界を一変したという運命の本、石井好子さんの「パリ仕込みお料理ノート」シャンソン歌手として生活するフランスでの暮らしがこだわりの食を通して豊かに香るように伝わってきて、こんな日常を送りたいと憧れる。本から繋がる本をたどるのが好きです。 pic.twitter.com/JzwbDDatLG
— すばら/読書者 (@subarashi_blog) September 20, 2022
石井好子 インタビュー・記事
ハンターのエッセイ
クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人姉崎等 (ちくま文庫) [ 姉崎等 ]
中々知り得ない映画の翻訳現場の痛快エッセイ。
業界の中の人にしかわからないはずの苦労や工夫の数々が
ユーモアたっぷりに書かれていて、感情がビシバシ伝わってくるのがめちゃくちゃ面白いです。
恥ずかしながら、太田さんの著書に出会うまで
翻訳家という仕事について内情を殆ど知らず、
きっと語学堪能で知的な方々が、ネイティブ感覚で
サラサラーっと映画のセリフを素敵な日本語にしてくれているんだという
高尚で、神秘に包まれた世界のようなぼんやりとしたイメージを抱いていました。
それが太田さんの著作を読んでみると、
映画でそのセリフを音声で喋ると同時に
それよりも短く読み終わる文の長さで
一瞬にしてこのセリフを視聴者にわからせる。
そのことが、とんでもない工夫を重ねた上での技術であること。
直訳すれば良いわけでもなく、日本語字幕には
一般的日本人に伝わる言葉であったり、
前提となっている海外の文化を踏まえてどう伝えるか。
そんな難しい戦いを迫られる上、
翻訳家のところに資料が送られてきた時点でいつも全然締切までの時間がない。
など、仕事への情熱に溢れながらも、悲痛で、でもコミカルな魂の叫びが聞こえてきます。
パッションを感じる愚痴が小気味よく全ての字幕にありがとうと叫びたくなる。
おすすめエッセイ一覧
小説家エッセイ
・3652 伊坂幸太郎エッセイ集 (新潮文庫) [ 伊坂 幸太郎 ]
・時をかけるゆとり (文春文庫) [ 朝井 リョウ ]
・風と共にゆとりぬ (文春文庫) [ 朝井 リョウ ]
・そして誰もゆとらなくなった [ 朝井 リョウ ]
・イヤシノウタ (新潮文庫) [ 吉本 ばなな ]
・やわらかなレタス (文春文庫) [ 江國 香織 ]
・物語のなかとそと (朝日文庫) [ 江國香織 ]
・咳をしても一人と一匹 [ 群 ようこ ]
・たそがれビール (幻冬舎文庫) [ 小川糸 ]
・すべて忘れてしまうから (新潮文庫) [ 燃え殻 ]
・となりの脳世界 (朝日文庫) [ 村田沙耶香 ]
・信仰 [ 村田 沙耶香 ]
・図書室で暮らしたい (講談社文庫) 辻村 深月
スポーツ選手エッセイ
将棋棋士エッセイ
翻訳家エッセイ
シャンソン歌手エッセイ
バレエダンサーエッセイ
詩人エッセイ
・すべてきみに宛てた手紙 (ちくま文庫 おー75-2) [ 長田 弘 ]
アナウンサーエッセイ
・理系アナ桝太一の 生物部な毎日 (岩波ジュニア新書) 桝 太一
一番初めに読んだ松苗先生の本。お絵描き好きな女の子がお姉ちゃんの同級生や色んな縁であれよと一条先生のアシスタントになりさらに自身の連載も苦心しながら掴み取りヒットへ・・という物語としても面白すぎてその時代に自分は存在し得なかったことが悔しい(?)みたいな謎情緒で10周立て続けに読んだ
— すばら/読書者 (@subarashi_blog) June 3, 2022